ナチスが実現しようとしたのは、それこそワグナーが謳歌したドイツ文化の純血主義そのままの「楽園」でした。


ヒトラーは、党大会のセレモニーとしてフルトベングラーの指揮で「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を上演しました。


1936年のベルリン・オリンピックの熱狂を、リーフェンシュタールは「民族の祭典」と「美の祭典」に収めていますが・・・


その舞台となった「オリンピック・スタジアム」を訪れると、無人のスタンドにいまなおあのときの歓声が響いているかのような錯覚を抱きます。


これはまさにあやまてる妄想のうえに構築されつつあった「楽園」の姿でした。


他民族の彩しい流血のうえに築き上げられた「血塗られた楽園」です。


シュペアーは、それを荘厳な新古典主義の美学で実現しようとしました。


・・・しかし、ヒトラーの野望はついえ、「血塗られた楽園」が姿を整える日は幸いにもやって来なかったのです。




キャバレーやカフェにひとは集い、ノイエ・タンツをはじめとする表現主義芸術が開花しました。


20世紀の文化の位相を検証するとき・・・


そのベルリンを、パリのベル・エポックと同じように、かなうものならそこに立ち会いたい2場面」の象徴的存在と受け止めているのは、わたしだけではないでしょう。


ブレヒト、ヴァイルのコンビだけでなく、マレーネ・ディートリッヒ、クルト・ヨース、ブリッツ・ラングらが、「ワイマール文化」を支えました。


・・・それは思えば、20世紀らしい文化が最初に開花した画期的な光景でした。


このやけくそとでもいうべき文化のるつぼを、「楽園」と呼ぶのはどうでしょう。


それでもわたしは、これをやはり「楽園」と位置づけたいのです。


20世紀のその後の歩みにおいて、これほどの熱気がひとつの都市において渦巻いた時代は、再度実現しなかったと考えるからです。


この2度目の「楽園」が、ナチスの台頭によって脆くも瓦解してしまったのは周知の通りです。



プロイセンが中核となって「第2帝国」が成立する1871年に先立っては、リヒャルト・ワグナーが、やはりオペラ「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(1867年初演)を書いて・・・


ドイツ文化の純血主義を誇り高く歌い上げるまでになりました。


・・・しかし、ドイツ文化の「楽園」は、第一次世界大戦の敗戦で崩壊します。


これがベルリンにとって20世紀における最初の「失楽園」でした。


そのあとに到来したのは、ドイツ社会民主党政権下での未曾有のインフレーションによる社会不安の増大でした。


社会主義・共産主義革命への恐怖は、ベルリン市民にそのような事態から目を逸らせる道を選ばせた。


この「ワイマール共和国」時代は、一種の自暴自棄的な形での文化の開花を招きました。


クルト・ヴァイル作曲のブレヒト原作「3文オペラ」(1928年初演)は、バルトーク以上に不安をかきたてるメロディーによって、都市の頽廃を真正面からテーマに取り上げましあた。




ベルリンならではの雑然とはしているが活気ある景観がもたらされました。


先行していたパリ、ロンドン、ウィーンと比較したとき、国家施設の巨大さは、明らかに他の都市を圧倒します。


19世紀にありながら、他国とは比較にならぬほど強力だった中央集権体制が誇大妄想を惹起する都市空間をもたらしたのです。


ウンター・デン・リンデンの通りを歩くとき、わたしでさえ気分の高揚を感じるのですから・・・


当時のベルリン市民がそこに誇りを抱かなかったはずがありません。


ペルガモン博物館の膨大なコレクションを前にしたとき、ドイツ人なら昇り行く国威に胸を熱くしたでしょう。


それは、パリなどの文化都市にやっとのことで追いついた遅咲きの19世紀都市の威圧的な姿でした。


イタリア、フランスに対して、ドイツの文化的な発展はどうしても遅れを取りがちでした。


19世紀初めに、カール・マリア・フォン・ウェーバーのオペラ「魔弾の射手」(1821年初演)が、誇るべき文化的・風土的な土壌としてドイツ全土を覆う「森」を提示しました。



内容は、極めて包括的であり、カンボジアの内政を全面的に代行するものとなっています。


このような活動は、国際法の基本である内政不干渉原則に抵触する可能性が大きいといわざるを得ません。


そのような活動は、国際法を遵守すべき(憲法第98条)日本の立場からいって、慎重の上にも慎重な対応が求められることが指摘されるべきです。


なお、湾岸戦争で組織されたいわゆる多国籍軍は、国連軍ではありません。


集団的自衛権の行使を法的根拠においた軍事力です。


これらのケースをも、長年の慣行の積み重ねによってある程度意味が固まってきているいわゆる平和維持活動の中に含めることが妥当かどうかという問題があります。


ここではその点は暫く問わないとして、現実のケースを考えてみますと、日本は既に、この分野でのヒトの派遣を行ってきた実績があります。


・・・これらのケースでは、これまでのところは、憲法第9条との関係で問題が発生した事例があるとは思われません。


今後もこのようなケースであれば、国連の要請に基づいて文民派遣を考慮することは、十分考えられるし、場合によっては積極的に取り組むケースもあるだろうと思います。


ただし、一つ考えておきたいことがあります。


それは、カンボジア和平問題に関する安保理常任理事国の共同提案に盛り込まれているような平和維持活動についてです。


彼らは、平和維持軍が結成されるときは、その指揮命令系統の中心となることが多いという事実もあります。


そして、平和維持軍の任務が終ると、再び監視団に戻るケースも多いのです。


・・・このような機能と任務を営む軍人集団である以上、日本がこれに参加することには多くの問題が起こるであろうことが容易に予見できるわけです。


新しい(?)政府の解釈に従えば、監視団への参加は可能という結論にさせられるのでしょうが・・・


私たちとしては、監視団と平和維持軍を切り離して考えることは非実際的であるという現実に立って、平和維持軍への自衛隊参加を許さないという取り組みの枠組みの中で、監視団の問題を位置づけ、対処していく必要があるでしょう。


近年の国連の平和維持活動の中には、選挙監視その他の文民的機能を営むケースが含まれている場合があります。


参議院での与野党逆転という国民の選択結果は、このような可能性を現実のものとしています。


私は、国民のこの選択を正しい動きと思いますし、それによって生まれた可能性を生かしきることこそが、何よりも重要な課題だということを強調したいのです。


監視団監視団は、原則として非武装であるとされています。


しかしその任務は、対峙し、にらみ合う敵対的な軍事力の間に入り込んで、その存在だけによって脆弱な不戦状態をなんとか維持することにあります。


この任務を果たすには高度の軍事的訓練を受けた軍人でなければ実際上不可能です。


日本国内でも、この点に関する認識が徐々に深まつてきました。


また、現実にこれまで監視団を構成してきた人々は、各国の高級軍人でした。

第三の留意点。


転職するとはキャリアをつくるということです。


・・・この場合、自分のノメージしているキャリアをすでに成功に達成した人物を知っているなら、なるべくその人物を模倣することをすすめたいのです。


自己流で孤軍奮闘しながら新しい人生をつくるよりは参照できる手本を持っている方が不安が少ないからです。


ところで模倣の対象にする^物は歴史に名が残る人物である必要はありません。


隣のおじさんでもよいでしょう。


小学校時代の恩師もよいでしょう。


自分が模倣したい人物、そして人生コースの決定に影響を受けた人物のことをキー・パーソンといいます。


たとえば私のキーパーソンはウィリアム・ファーカーやアルバート・エリスでした。


私の精神分析者であり、私が心理学教授の道をえらぶきっかけになった教授、ファーカーはアメリカ時代の指導教授(ミシガン州大学)で、サーチ(研究法)になじませてくれた先生。


エリスは論理療法の創始者で私のバックボーンドなった人物です。

職業も結婚と同じです。


自分の能力はこのていどだからこのていどの人と結婚しようという発想でなく、まず自分の興味の持てるグループを定め(例・・・同県人、会社員)、そのなかから自分の能力に合った人を選べばあとで後悔する率は少ないでしょう。


では自分の興味をどうして知るのでしょうか?


それは広く体験することです。


食わず嫌いはよくありません。


その点、小学校教育は理想的ですね。


文系、理系、体育、美術、対人関係、演劇、合宿、運動会、書道など多様な世界に触れさせてくれます。


それゆえ自分の興味が触発されるのです。


アメリカの大学院教育がそうですね。


博士課程でも小学生に対するように幅広く講義し、多読させ、多様な科目をとらせます。


それゆえ学生の興味の領域は広くなります。


興味の領域が広いということは、転職の機会が多くなるということのほかに、人を指導する立場にたった場合に面倒見がよくなります。


たとえばわたしがバレーボールに興味がないのに、バレーボール部の顧問を数年つとめました。


数年つとめましたが辞めるときに送別会の送の字もありませんでした。


・・・つまりそれほどに、わたしは面倒見が悪かったのです。



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